大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和43年(わ)171号 判決

事務所所在地

千葉県木更津市中央二丁目一番二〇号

名称

総合開発株式会社

代表者氏名

代表取締役 榎本吉太郎

同住居

千葉県富津市岩瀬一、一二一番地の一

本籍

千葉県君津郡大佐和町岩瀬一、一二一番地の一

住居

同 県富津市岩瀬一、一二一番地の一

会社役員

榎本吉太郎

明治三五年二月一五日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

被告会社総合開発株式会社及び被告人榎本吉太郎はいずれも無罪

理由

第一、公訴事実

被告会社は、観光施設及び工場誘致、土地建物取引業等の業務を営むことを目的とするもの、被告人榎本吉太郎は、同会社代表取締役としてその業務全般を掌理しているものであるが、被告人榎本において、被告会社の業務に関し法人税を免れる目的をもつて、昭和三九年四月一日より同四〇年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が四八、二五四、七六八円で、これに対する法人税額は一八、一八六、七八〇円であるのに、不動産取引の事実の相手方が国土総合開発株式会社であるのを、その間に取引に関係のない千代田工業株式会社を介在させ、同社に売却した如く仮装して、売上の相当部分を除外し、その取引代金の一部を無記名定期預金とする等の方法により、昭和四〇年五月三一日、所轄の木更津税務署に対し、所得金額が四、三六七、二〇九円の欠損であり、法人税がない旨の虚偽、過少の法人税確定申告書を作成提出し、被告会社の右事業年度の法人税額一八、一八六、七八〇円との差額一八、一八六、七八〇円を免れ、もつて詐欺不正の手段により法人税をほ脱したものである。

第二、当裁判所の判断

本件については、弁護人から公訴棄却の申立がなされているので、まずその点について判断する。

すなわち、弁護人は、昭和四九年一〇月二四日、国税不服審判所所長がした裁決により、公訴事実記載の事業年度分の課税処分自体が取消されたこととなり、被告会社の納税義務は消滅したから、かりに公訴事実記載の事実が真実であるとしても、法人税を免れたという命題はなくなつたのであるから、本件公訴事実はなんら罪となるべき事実を包含せず、実質的な訴訴訟条件は欠くに至つたものであるから、本件公訴権は不存在ということになり、ひいては本件公訴は不適法であると解すべきであるから、本件公訴は棄却されるべきである旨主張する。

昭和四九年一〇月二四日、国税不服審判所所長がした裁決によると、その内容は弁護人主張のとおり、被告会社に対する昭和三九年四月一日から同四〇年三月三一日までの事業年度分の更正処分及び重加算税の賦課決定処分を全部取消すというものであり、その理由はつぎのとおりである。「被告会社(審査請求人)は不動産業を営む同族会社であるが、昭和三九年四月一日から同四〇年三月三一日までの事業年度分法人税の確定申告書に欠損金の額を四三六万七、二〇九円と記載して申告した。原処分庁はこれに対して昭和四二年五月一日付で所得金額を七、八四二万四、五九二円とする更生処分及び重加算税を五九〇万〇、七〇〇円とする賦課決定処分をした。請求人はこれらの処分を不服として、昭和四二年五月二四日付で異議申立をしたところ、異議受理庁は審査請求として取扱うことを適当と認め、請求人は同年五月三〇日付で審査請求に移行することについての同意書を提出したことにより審査請求がなされたとみなされ、審査請求に移行した。請求人の主張は、原処分庁が当該事業年度分の所得金額に加算した売上げ計上洩れ等の金額の大部分は請求人の翌事業年度に帰属する益金であるから、当該年度の所得金額に加算した原処分は違法であるというのであり、一方、原処分庁の主張は、請求人の当該事業年度の所得金額について請求人の備付の帳簿書類及び取引関係先の調査の結果によると、取引の一部を仮装し、売上金額等を過少に申告していたものであるから、売上げ計上洩れ等の額を当該事業年度の所得金額に加算した原処分は相当であるというのである。これに対し、国税不服審判所所長は、請求人から別途提出された当該事業年度以降の事業年度に係る法人税の青色申告の承認取消処分に対する審査請求について、昭和四九年一〇月二四日付をもつて同処分を取消す旨の裁決をしたことに伴い、請求人は青色申告書を提出したこととなり、原処分庁が更正通知書に処分の理由を付記しないでした本件更正処分は、法人税法一三〇条二項に定める更正の理由の付記を欠く不適法なものであるから、更正処分の内容等を審理するまでもなくその全部を取消すのが相当であるとし、また、重加算税の賦課決定処分も更正処分の全部取消しに伴いその全部を取消すのが相当である。」というものである。

右裁決は、その内容から明らかなように、原処分庁の形式的な手続上の過誤を理由として原処分を取消したものであつて、原処分の内容についてその当否を判断したものではない上に、ほ脱犯はいうまでもなく故意に虚偽の申告書を提出したときに直ちに成立し、その後の更正処分によつてその成否になんら消長をきたさないのであるから、右のような理由で更正処分が取消されたからといつて、現に不正の方法によつて正当に納付すべき税を免れた事実が存在する以上、当然その違反に対して所定の刑罰が科せらるべきものと解するのが相当であり、もとよりその違反の違法性が阻却されるべき筋合のものではないと解すべきであるから、弁護人の右申立は採用しない。

二、そこで、本件において果して被告会社が詐欺・不正の手段によつて法人税を免れたかどうかについて判断する。

証拠によると、被告会社の代表者である被告人榎本が、被告会社の本件事業年度に関し、公訴事実記載の日に同記載のとおりの確定申告書を木更津税務署に提出したことは明らかである。そして本件公訴事実及び検察官の冒頭陳述を総合すると、本件における詐欺不正の手段というのはつぎのとおりである。すなわち、被告会社が所有する千葉県君津郡大佐和町小久保字磯根町所在の四筆の雑種地(同町二、五六八番の二、同番の一五、同番一六、同番の二一)合計四、八五六坪を、実際は昭和四〇年二月六日に国土総合開発株式会社(以下国土という)に代金九七、九四二、〇〇〇円で売却したのに、法人税を免れる目的で、中間に千代田工業株式会社(以下千代田という)を介在させ、形式上被告会社から千代田に四〇、〇〇〇、〇〇〇円で売却し、さらに千代田が国土に九七、九四二、〇〇〇円で売却した形をとり、その差額五七、九四二、〇〇〇円で売買げを除外したというのである。そして、千代田が中間に介在していることが仮装であるかどうかは別として、右の外形的事実は証拠上明らかなところである。

これに対し、弁護人は、被告会社が本件土地を国土に売却した事実はなく、被告会社が売却したのはあくまでも千代田に対してであつて、同会社がさらに国土に転売したのであり、被告人らは千代田が本件土地を国土に転売した事実については全く関知しなかつた旨主張している。

証拠を総合するとつぎの事実を認めることができる。被告会社はかねてから療養、観光事業を計画していたところ、本件土地付近には従前から鉱泉が湧出していたため、昭和三七年から同三九年にかけて本件土地四筆四、八五六坪及び後背地に当る小磯、高根の山林(以下高根の土地という)合計五、〇四三坪を講入した(なお、その間右事業に適するよう地形を調整するため若干一部を売買したり、整地工事を施していた)。ところで、千葉県君津郡大佐和町においてはかねてから町の財政収入に寄与するため、大坪山、磯根山系を中心とする総事業費一五億円の大規模な開発計画をたて、町有地五四町二反一畝と周辺民有地約四五町歩合計約一〇〇町歩を開発して観光施設、レジヤーセンター等の設置を計画し、右計画実現のため昭和三九年三月ころ開発条例を定めた。右計画の実施に当つては村の財政に余裕がなかつたため、然るべき業者に請負せてこれに当らせることとし、町有地についてはこれを払下げ、民有地については業者に買収させて開発に当らせることとした。そこで、町としては右開発計画を実施できる業者としていくつか申込みのあつた中から資産、経歴、信用状態等を調査して、昭和三九年九月国土を選定した。その間の同年六月から七月にかけて通産省が実施した本件土地付近における地質調査の結果から本件土地に温泉が湧出することを確信し温泉をさく泉して前記の事業計画を推進しようとしていた被告人は、本件磯根及び高根の土地を手離す意思はなかつたのであるが、たまたま町の右開発計画地内に被告会社の所有する右磯根、高根の土地も包含されることとなつたため、当時同町議会議員であり、昭和三八年一〇月から同議会の開発委員長(大坪山開発委員長)であつた被告人は、その立場上卒先して範を垂れ町の開発計画に協力する意味で高根の土地については国土の買収に応ずることとしたが、磯根の本件土地についてはあくまでも自らの事業として被告会社において同土地に温泉をさく泉し、前記事業を行なうことを意図していたため売却しないこととした。ところが、本件土地は町の右開発計画地の入口に当つていたため、国土としてはどうしても必要であり再三被告人にその売却方を交渉したが、被告人は自らの事業のための土地であるとして固くこれに応じなかつた。当時国土の小川栄一社長を国会議員であつた水田三喜男から紹介され、かつて同人の私設秘書も勤め、被告人とも親しい関係にあり、国土の開発計画の推進に協力し、右計画が完成したあかつきにはその報酬として埋立地についてなんらかの権利を得ようと考えていた三基工業株式会社社長原三郎は、国土に依頼され、磯根の本件土地を国土のため入手すべく被告人に本件土地の売却方を接渉し、或いは賃借方を打診したこともあつたがこれにも被告人は応じなかつた。しかし、被告人は原とは親しい間柄にあつた関係上、本件土地を手離さない理由として、本件土地に温泉が湧出することが確実であるため温泉をさく泉してくれる業者の紹介を依頼した。これよりさき当時大同開発株式会社(旧商号大同石油鉱業株式会社)の社長でもあり、石油採掘を目的とする千代田の社長をしていた小島庄平は、同会社が目論んでいた秋田県男鹿半島にある石油鉱区の採掘のため当面必要な五、六千万円の資金に窮していたところから、かつて事業を共にしたこともある原三郎にその資金の調達方を相談していた。そこで、原は被告人が温泉さく泉に異常な熱意をもつていること、国土にはなんとかして本件土地を入手させてやりたいこと、小島からは千代田は大同石油の和議法による和議債務の保証をしてその支払いをした結果、大同石油に対し求償権を有しているものの税法上貸倒損金としてかりに千代田に営業利益が出ても税金は当分免除して貰えること等を聞き、その真偽について義兄の公認会計士である松岡直治に確かめたこともあつたが、これらの事実関係を結びつけ利用して、小島に対しては安い土地があるからこれを利用すれば資金の目途はつきそうであるが、そのためには土地の持主のため温泉をさく泉することが条件である旨申し向け、一方、被告人に対しては温泉をさく泉してくれる業者として、昭和三九年一〇月ないし一一月ころ小島を被告人に紹介した。このように、原としては前記のような被告人の温泉をさく泉し事業をやりたいとの願望を利用し、その希望もいれつつ他方国土のため被告会社から本件土地を入手して国土に転売することを考え、後日国土に本件土地を転売したことが被告人に知れても、ある程度妥当な代金を被告会社に与え、転売による利益は千代田を利用して温泉さく泉に投入すればよく、また、本件土地には実測すれば二五〇坪位の繩のび増歩分(検察官はそのような増歩分はないと主張するけれども、証拠によると、二二九有余の増歩がある計算になるし、当時原としても二五〇坪位の増歩はあると思つていたことは確かである)があり、これを国土に接渉して留保しておき、その増歩分に温泉をさく泉すればよいとの目論見で被告人を説得でき、またその自信は十分あると考えていた。一方、小島としては温泉をさく泉する意思はほとんどなく、ただ専ら石油採堀資金を得たいために原の話に応じ、両名とも被告人に対しては本件土地を他に転売することを秘して交渉し、千代田において被告人の希望するとおり本件土地に立替工事で温泉をさく泉するが、被告会社の土地に千代田において資金を投ずるのであるから、本件土地を千代田に売却して貰いたいことを申し入れた。被告人としては千代田において立替工事をする以上担保的な要求は当然であり、しかも温泉さく泉の完了まで所有権の移転登記はしなくてもよいことも了解されたので、本件土地の売買契約に応ずることとし、なお、温泉が湧出したときは約一億円の会社を設立し、その出資金は被告会社、千代田、原の三者間で協議のうえ定めること、かりに温泉が湧出しても企業化するに至らないときは改めて三者で相談すること(昭和四〇年二月五日付誓約書-昭和四三年押第一四三号の五-によると、被告会社と千代田において五〇パーセント宛出資し、もし企業化できないときは無条件とする旨記載されている)、さく泉道具の現地持込み、工事の着工は昭和四〇年四月三〇日までとし、代金の内金として三〇、〇〇〇、〇〇〇円は契約成立の日に、残金一〇、〇〇〇、〇〇〇円は工事着工の四月三〇日にそれぞれ支払うことを約し、同年二月五日、被告会社から千代田に対し本件土地を四〇、〇〇〇、〇〇〇円で売却し、同日、被告会社は約定の三〇、〇〇〇、〇〇〇円を受領した。このようにして被告会社と千代田間において本件土地の売買契約が成立したため、原、小島はただちに翌六日国土に対し千代田から本件土地を九七、九四二、〇〇〇円で売渡す旨契約した。ところで、被告人は約定どおり四月三〇日までにはさく泉工事が着工されることを期待していたが、期日になつてもさく泉道具の持込みもなく、残金の支払いもないため不安を感じていたところ、本件土地が国土に転売されているとの噂を聞き原に問いただしたところ、五月初めころ原も事実を打明け、さらに小島にも会つて追求した結果、とにかく温泉を堀ればよいではないかという態度であつたため、被告人としては原とのこれまでの関係も慮り、ことここに至つてはやむなく次善の策として本件土地の増歩分に温泉さく泉をさせる以外にないと考え、他方国土に転売された差額五七、九四二、〇〇〇円の保全策として小島に対して強引に交渉した結果、右差額についてはさく泉工事の着工まで被告人側において預ることを承諾させ、その後国土から六月二四日二〇、〇〇〇、〇〇〇円、八月三一日一〇、〇〇〇、〇〇〇円、一一月六日五、〇〇〇、〇〇〇円、一二月八日三二、九四二、〇〇〇円とそれぞれ支払われた金員を被告会社において受領保管し、そのうち四五、〇〇〇、〇〇〇円について無記名定期預金とした(なお、六月二四日支払分のうち一〇、〇〇〇、〇〇〇円は千代田に売却した四〇、〇〇〇、〇〇〇円の残金として受領)。そして、千代田に対する所有権移転登記は同年一一月八日、千代田から国土に対する移転登記は同年一二月八日にそれぞれ行なわれた。その間も被告人は小島に対し温泉さく泉方を督促するうち同年九月税務署の調査が始まつたこともあつて、きまりをつける意味で同月三〇日小島に対し今後六か月以内に着工しないときは預り金は被告人側において処分する旨確認させたが、なお履行しなかつたため昭和四一年一二月一九日預り金全額は被告会社に帰属する旨確認させた(前同号の五の二念書、昭和四五年押第一〇一号の八「証」)。

以上の事実を認めることができる。そうだとすると、本件土地についての売買は弁護人主張のとおり、実質的にも被告会社から千代田へ、千代田からさらに国土へ転売されたものといわざるを得ないのであつて、本件各証掲を仔細に検討するとき右認定の事実を覆して千代田の介在が仮装であつたと認めることはとうてい困難なところである。

三、もつとも、検察官の主張を支持するいくつかの証拠としてはまず前記松岡直治の証言及び険察官調書が挙げられる。すなわち、同人は原に頼まれた国土の事務所に行つて本件土地を国土に売却するに当つて千代田を中間に介在させれば税金はかからない旨説明したが、その際被告人も同席していたというのである。しかし、この点については被告人はもとより原自身もそのような事実はないことを証言し、国土側の者(例えば南良夫、殿村昇一郎)もすべて否定している。もともと国土としては本件土地が入手できればよいのであつて、相手が誰であるかによつて特段利益になることはないのであるから、国土としてはこのような説明を受ける必要は全くない筈である。ただ原の検察官調書中には右事実を裏付ける供述があるが、それとても同人としては千代田を通すという話を国土に持ち込んでそれが脱税になるようなことになれば迷惑をかけることになるから、和議法による和議の特例の話をして貰つたというだけのことであつて、かりに松岡が国土で説明した事実があつたとしても、このことは原一人の思わくでしたことと認めるのが相当であつて、いずれにしてもその際に被告人が同席していたとする証拠は松岡の右供述以外他に全くないのである。さらに松岡はその際被告人から被告人の名刺を貰つたと供述している。被告人の名刺が松岡の手に渡つていることは事実であるけれども、この点につていは被告人は、昭和四〇年春ころ、原に連れられて将来一億円の会社を作る際の参考として神田の料理屋で松岡と会つて話をきいたが、その際名刺の交換をしたことがある旨供述し、原の証言もこれを裏付けている。松岡の証言を検討すると、同人の記憶にはかなり不確かな点が看取されるのであるが、いずれにしても同人の証言及び検察官調書の記載はただちにこれを信用できないところである。

つぎに原の検察官調書を検討するに、その内容を仔細にみれば決して被告人の主張に反するものではなく、却つてその主張に副うものといつて差支えない。若干検察官の主張を裏付ける供述も散見できないことはないが、これらはいずれも本件について原自身が目論んでいたことを述べたにすぎないといつて差支えないことが認められる。ただ国土の事務所での松岡の説明の際、被告人が同席していたかどうかの点について、松岡が被告人もいたというならいたかも知れないという記載があるが、原の検察官調書全体をみれば、むしろこの点は前記のとおり否定しているのであつて、もとより本件における検察官の主張を支えるに足るものでは決してない。

さらに小島の検察官調書について検討すると、同人の調書も原の調書について述べたと同様のことがいえるのであつて、たゞ検察官の主張に副う供述としては、千代田の名前で本件土地を国土に売り、得た利益で三者で共同事業(温泉、石油の採掘)をはじめる資金にしようという話し合いになつていたとの記載や、千代田を通して売れば税金がかからなくてすむという話を被告人にしたことである旨の記載がある。しかし、この点については小島としてはまさに原の話に応じて本件土地を利用して石油採掘の資金を得ようと計画したのであるから、小島がそのように述べたとしてもむしろ当然のことではあろうが、被告人自身も千代田をいわゆるトンネルとして国土に本件土地を売却することを計画していたのかどうか、右のような話し合いに被告人がどの程度関与していたかについては極めて抽象的で具体性のある供述はなく、小島はこの点については法廷では明確にこれを否定しているのである。ただ前記誓約書の記載から判断すると、温泉が出たあかつきには千代田も加えて事業をはじめようという話も被告人との間に出たことが窮われるから、その際千代田には税金がかからないという話も出たかも知れないが、当時の状況としては千代田をいわゆるトンネルとしてでもとにかく本件土地を国土に売る話を被告人にできる状況では全くなかつたことは明らかなところで、またそのような話をしても被告人がとうてい承諾する筈もなかつたであろうことは原の証言をまつまでもなく十分肯定できるところである。このことは小島が被告人に宛てた昭和四二年五月一八日付の詫び状の「昭和四〇年二月五日付で貴社との間に不動産売買契約をして、この土地に地熱温泉の四〇度以上が出るまでは、当社が自費で堀り上げるまで、この土地の所有権移転登記をしない申し合せで、磯根地区の敷地四、八五六坪を入手したのであつたが、当社の資金繰の都合上、この土地を国土総合開発(株)に転売したことは誠に申訳ありません、温泉さく泉の場所は磯根土地増歩の所、又は貴社の指示する土地にどこでも堀れば御理解得られるものと確信して後日その地に当社の全力を傾けてさく泉する積りで居りましたが、その話し合いの最中に税務署や国税局の調査されたもので、貴社に多大な御迷惑をかけました事は誠に申訳なく今後は如何なる場合と雖えども如上の真相を訴え、貴社にかかつたお疑いを晴らしたく、ここに心から御詫びを申し上げて詫び状を差し入れます」との記載がこれを裏付けているのであつて、右詫び状が偽証工作だとする証拠は全く存在しない。

つぎに被告人の査察官調書(昭和四一年九月二〇日付、同月二一日付、同年一〇月一四日付、同月一六日付)について検討する。これらは一応被告人が事業を認めたものとされているからである。ところで、被告人の右各調書を通観するとき、被告人が同調書についての意見書においてるる述べていることではあるけれども、査察官の予断が多分に被告人の供述の調書化に作用していたであろうことは推察するに難くないところである。被告人の取調べに当つては小島の供述が大きな基礎になつていることは査察官自ら法廷で認めているところであるけれども、「榎本さんをだましたのは悪いのですが、最後には私の方がしてやられた格好」になつたとその検察官調書において自ら告白している小島が査察官の取調当時被告人に対して好意をもつている旨はないのである。そして、各調書はいずれも被告人において専ら本件土地を税金を免れるために千代田をトンネルとして国土に売却したことがまさにその骨子となつていて、被告人にとつては本件土地に自ら温泉をさく泉して事業をしようという計画の実現が最大の目標といつてよかつたことは証拠上まことに明らかであると認められるのに、右各調書においてはこれが全く不問に付されていることが認められるのである。而して、査察初日の前記九月二〇日付調書をみるときはむしろ明らかに否認の調書といつてよく、ただ結局は千代田がトンネルという結果になつたといわれればそうである旨を述べているにすぎない。九月二一日付調書は最も端的に被告人が事実を認めたと思われる調書であるが、同調書について被告人は、実はこの調書は取調べを受ける前に既に作成されていて、当時丁度開かれていた町議会に出席していたところを呼び出され、ただ押印を求められただけであつたが、一読してみて被告人の真意を全くかけ離れた内容であつたため査察官に抗議したが、議会の方が気になつていたこともあつてとりあえず第六問を書き直して貰つた旨供述している。同調書をみると、確かに第六問以下は明らかに筆勢が異なることが認められるのであつて、被告人の右供述はただちにこれを否定することはできない。その余の各調書についてみても、そこに述べられている被告人の供述を他の証拠と比較しつつ検討するとき、そのすべてをそのまま事実として検察官主張の事実を認定する証拠として採用し難いことは冒頭に述べたとおりである。

四、なお、若干問題となるべき点について考察しておくと、国土から六月二四日に二〇、〇〇〇、〇〇〇円の入金があつたうち一〇、〇〇〇、〇〇〇円について税務署の定期調査があつた際、被告人が身内の者らと口裏を合わせ、右金員について同人らから借受けたように工作した事実がある。もとよりその措置は非難されるべきであるとしても、これは既にみた複雑な事情があつたため調査の混乱と無用の誤解をさけるためであつたとする弁護人の主張はこれを是認でき、また、本件土地の千代田への売却が売渡担保とするならば、四〇、〇〇〇、〇〇〇円の代金を被告会社において受領する必要がないのではないかとの疑問も、本件土地は実質的にははるかに価値のあるものであつたから、その意識をもつてさく泉工事費の担保とする趣旨であつたとの被告人の供述も特にこれを否定すべきものはなく、本件土地について租税特別措置法によつて棚卸資産から固定資産に振替えた点についても特にこれを不当とすべきものとは認め難く、前記の詫び状、念書等の税務署の調査開始後作成された書面についてもこれを偽証工作とみるべき証拠は全く存在しない。

五、以上のとおり、本件は小島、原の両名が相俟つてそれぞれの思わくと利益のために被告会社から巧みに本件土地を入手し、これを国土に転売したとみるのが相当であつて、後日において結局国土に転売された代金はすべて被告会社において取得したことになつたけれども、もとより右の所得は本件事業年度における所得ということはできず、結局本件は犯罪の証明がないものとして刑訴法三三六条により無罪の言渡しをする。

公判出席検察官 子原英和

同 弁護人 向江璋悦

同 弁護人 鮮谷昭

昭和五一年三月三一日

(裁判官 新谷一信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例